ロンドンのテムズ川沿いに広がるチェルシー地区は、高級アンティーク、高級ブティック、高級レストラン、パブなどが立ち並ぶ商用エリアとして有名ですが、16世紀頃から著名人や文学者が好んで住む閑静な高級住宅街です。
チェルシー・フィジックガーデンは、この住宅街の一角に位置していますが、敷地の四方をぐるりとレンガの高い塀で囲われているため、道路から庭園内を覗くことはできません。1984年に庭園が一般公開されるまでは、そこはまさに都会の秘密の花園でした。現在、4月中旬から10月末まで週二回(水曜日と日曜日の午後)、一般に公開されており、世界中から多くの植物ファンが訪ねてきます。
チェルシー・フィジックガーデンは、1673年、ロンドン薬剤師協会が創設した医薬庭園で、植物の薬効を研究する庭園としては、オックスフォード(1621年)、エジンバラ(1656年)に次ぐ英国で3番目に古い歴史を持つ庭園です。14万uの敷地は、北西はロイヤル・ホスピタル・ロード、北東はスワン・ウォーク、南東はテムズ河岸通りに面しています。この医薬庭園が設立されたのは、テムズ川がロンドンのメインストリートだった時代で、ボートは最も便利な交通手段でした。テムズ河岸には広大な果樹園や医薬庭園を所有する貴族の豪華な別荘が建ち並んでいました。1874年、エンバンクメントが完成するまで、庭園の南門は船着場となっており、人々は門の階段からボートに乗降していました。
スワン・ウォークの正門から庭園に一歩足を踏み入れると、世界中から集められた5000種の植物が創りだす清々しい空気に心と身体が包み込まれていくのを感じます。
9月下旬のロンドンは街路樹が金色に色づいて、晩秋の気配を感じます。けれども、庭園の中はオレンジがたわわに実り、ラベンダーが可憐な花を次々に咲かせています。植物の薬効を研究するのが目的の庭園ですから、5000種類の植物は観賞用に刈り込みを入れらることなく、自然の姿のままに自由奔放に生育を続けています。そこは都会の「秘密の花園」という表現がぴったりの、まさに植物の楽園なのです。この庭園は南東のテムズ河岸通りを除いて、三方を住宅に囲まれています。レンガ造りの建物がロンドンの厳しい冬の寒さから植物を保護する温室の役目を果たし、英国では生育しにくい南方系の植物に適した環境を生み出しているのです。
この庭園は、キングスカレッジやインペリアルカレッジと研究契約を締結しており、世界各地から収集された薬草の研究と薬剤サンプルの提供、代替医療研究を目的とした様々な植物を栽培しています。大英博物館の植物部門との契約で栽培しているゼラニウムの中には、インセンティッド・ゼラニウム(精油を採油する目的のゼラニウム)も数多く含まれています。
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(インセンティッド・ゼラニウム) |
(イングリッシュ・ラベンダー) |
歴史の散歩道と称された区画には、同庭園の初代庭師、フィリップ・ミラー、二代目のウィリアム・フォーサイス、ジョセフ・バンクスなど歴代の庭師がデザインした庭を楽しむことができます。
現在、庭園ではプロの庭師4名とボランティアの婦人5名が働いています。ボランティアは園内のガイド役を務め、ショップの販売業務に携わっています。庭園を訪れた人々に気軽に声を掛けて、植物について説明してくれます。「面白いものを見せてあげるわ」とボランティアに案内された場所には、樹齢150年という大きな老木がありました。「この木はヒイラギと椿が掛け合わさった珍しい木なのよ」と、この木の由来を話してくれました。150年前、ロンドンの老舗食品店フォートナム・メーソンと有名百貨店のハロッズが発注したクリスマス用のヒイラギ(西洋ヒイラギ)のうち、不作であるという理由から返品されたものが同庭園に運ばれてきました。しかし、たった一本を残して枯れてしまったそうです。その生き残ったのが現在の老木で、常緑の葉はヒイラギのギザギザと椿の丸みをおびた2種類を観察することができました。ヒイラギである証拠に愛らしい赤い実をたくさんつけています。「この木はね、チェルシーの街の移り変わりを全て知っているのよ。そしてこれからもずっと、歴史を見守り続けていくの。」老木を優しく見つめる眼差しに、植物を心から愛していることが伝わってきます。
園内にさりげなく配された木製のベンチに腰をおろすと、テムズ川からひんやりとした風が肌をさします。小鳥のさえずりに耳を傾け、清々しい空気を胸いっぱい吸い込むと、植物が放つ芳香が身体の隅々に伝わって行きます。かつてテムズ河岸で貴族たちが謳歌した長閑な田園生活とは、こうした植物との共存だったのではないでしょうか。(2002年2月11日)
(チェルシー・フィジックガーデン 開園 4月中旬〜10月末 週2回(水曜日と日曜日の午後)SloaneSquare駅から徒歩19分)
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